前回のエドノミーラジオ祭り編 第2回では、祭りの精神について掘り下げました。
今回の第3回では、「ハレとケ」というテーマで語ります。
「祭りとは、日常をもう一度動かす“再生の装置”である」
日本文化の根幹にある「ハレとケ」、そして誤解されがちな「穢れ(ケガレ)」の本当の意味。
ハレ(祭り)とケ(日常)は切り離されたものではなく、互いを支え合い、
循環させることで地域や人のエネルギーを回復させてきました。
日常が停滞し、心の活力が枯れる状態こそが“穢れ”。そこに新たな命を吹き込み、
共同体を再びつなぎ直すのがハレの役割です。
レジリエンス、共同幻想、応援文化など、多彩な例を通じて
「祭りの共同体における役割」を改めて考える回となりました。
見どころ(聞きどころ)
- 「ハレとケ」の循環が生む、日常の再生メカニズム
- 「ケが枯れる/穢れ」になり、ハレの日は、それを“祓う”という役割
- 「穢れ」は“汚れ”ではなく“心の停滞”という本来の意味
- 日常の繰り返しでエネルギーが枯れ、心身が疲れた状態を指す言葉だった
- 祭りが人や地域をつなぎ直す“レジリエンス装置”である理由
- 祭りの後に生まれる「急に仲良くなる」といった現象が証拠。
- デュルケームの「集合的沸騰」で読み解く、一体感の正体
- 集合的沸騰:集団が同じ目的や感情を共有することで、個人の意識を超えた強力な一体感やエネルギーが生まれる状態
- ライブ・スポーツ・祭りで“自分を超えたつながり”を感じる瞬間は共同体再生の力
- 日本と海外の応援文化から見える、ハレの多様な形
- 日本の野球応援は「毎試合が祭り」的文化、対してMLBは特別な試合だけがハレとなっているのではないか
- 祇園祭に見る「関係資本・信頼資本」が経済を支える構造
- 経営者たちは仕事を止めて祭りに集中するが、長期的には地域の信頼を生む投資になる
- ハレとケの往復がつくる、“エドノミー的経済”の縮図
- 祭りでは「贈与・歓喜・信頼」といった非貨幣価値が循環する
日常(ケ)はいつも私たちを支えてくれるけれど、続けていれば必ずどこかで疲れ、枯れ、立ち止まる瞬間が訪れます。
その“枯れ”を祓い、もう一度歩き出す力を取り戻させてくれるのが、非日常(ハレ)の時間。祭りはその象徴であり、人と人の関係を編み直し、心のくもりを洗い流し、地域に眠るエネルギーをもう一度めぐらせる日。
ハレがケを支え、ケが再びハレを迎える。この往復運動こそが、私たちの暮らしや地域、そして経済をしなやかに保ち続ける“レジリエンス”の源泉だと考えられます。
効率でも生産性でも測れない、けれど確かに必要なもの。
忙しさに追われる今こそ、意識的にハレをつくり、ケを整え、生活のリズムを取り戻すことが求められているのかもしれません。
祭りは、昔の文化ではなく、これからの社会の持続性を支える存在でもあります。その力を思い出すことが、私たちの日常をもう一度豊かにしてくれます。
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